ひとりのサイクリストの手によって生み出される上質なサイクルウェア「STEM DESIGN」
代表である栩原氏のインタビューを通してそのアイデンティティを探る
”メイド・バイ・トチハラ”
今年の春に突然「ステムデザイン」のアンバサダーに任命され、同社のサイクルジャージを愛用している。アンバサダーといってもこちとらタレントでもなければ、SNS巧者のインフルサーでもないので、製品を着るだけでお金をもらえるような美味しいハナシではない。
ただ単に代表の栩原さんから「ぜひうちの商品を普段のトレーニングなどで使って欲しい」と現物(ウェア)を支給されただけだ。直々に頼まれては断るわけにもいかず着用してみたところ自然なフィット感と着心地の良さ、普遍性のあるデザインが自分の嗜好ともマッチし、何やら分からんうちに日々愛用している次第である。
要するにまんまと向こうの営業戦略にのせられたという話なのだが、気に入ってしまったものは仕方ない。
ステムデザインは今年で創業15年目を迎えた日本のサイクルウェアブランドだ。純然たるメイド・イン・ジャパンゆえにモノは良い代わりに少々高価である。ハイテク素材を駆使したサイクルウェアだって服に違いなく、企画してデザインと仕様を決め、パターンを作成し、縫製するというそのプロセスは一般の洋服と何ら変わらない。
したがってサイクルウェアにも流行を即座に取り入れた安価な大量生産品、すなわちファストファッションと、流行にとらわれず上質で長く着られることを目指したスローファッションが存在する。ステムデザインはまさにその後者にあたる。
代表の栩原拓士さんは企画、デザインだけではなく、自らパタンナーとして型紙の制作も行ういわば“職人”である。そして、ものづくりに生きる人の多くがそうであるように、栩原氏も口数少なく自分の商品がいかに素晴らしいかを饒舌に語るタイプの人間ではない。ここからがようやく私のアンバサダーとしてのお仕事である。ステムデザインのアイテムがいかなるコンセプトで、いかにして生みだされるのかについて取材し、詳しくご報告したい。
「STEM DESIGN」のモノづくりを探る
ステムデザインのルーツはテーラードにあり?
「DCブランド時代から自転車通勤をしていて、何となく自分の会社名は自転車の部品からとろうと決めていたんですね。
ステムという部品はライダーとバイクをアジャストさせる重要なものですが、これはパタンナーという職業にも通じるところがあると思ったんです。
デザイナーが花とするなら、製造を行う工場は根っこ。そのふたつを結ぶパタンナーはずばりステム(茎)じゃないかと。
その後、サイクルウェアブランドを始めたのは何より自分が必要としていたからです。
当時、仕事の打ち合わせや納品を自転車でしていたのですが、職業柄、機能的だからといって上下スポーツウェアという訳にはいかないんですね。
何せ取引先は大手セレクトショップや排ブランドなアパレルメーカーですから。
それで一般的なカジュアルウェアで自転車をこぐことになるのですが、10㎞もないような移動でも動きにくかったり、蒸れてきたりと色々不満が出てくるんですね。当時はまだ自転車用のカジュアルウェアなんてほとんど存在しなかったので、じゃあスタイリッシュでありながら動きやすい洋服を自分の手で作ってみようと」
渋谷の事務所で黙々と作業する栩原(とちはら)さん。
プロのパタンナーは1日でひとつの型紙を起こせるぐらいのスピードが求められるという。
こうしてステムデザインは通勤や週末のサイクリングなど、カジュアルなシーンを彩るサイクルウェアブランドとしてスタート。
アイテムは栩原さんのルーツともいえるトラッドかつベーシックなアイテムを機能的にアレンジしたものが中心だった。
「ステムデザインの商品は私自身のサイクルライフを反映したものなんです。ブランドを立ち上げた当初はどちらかといえば日常的な移動で自転車と付き合っていたのでカジュアなアイテムがメインでしたが、近年はロードバイクでロングライドやヒルクライムレースなどを走るようになったこともあってサイクルジャージをはじめとするスポーツ系のアイテムに注力しています」
栩原さんがファッションの基礎を学んだバイブルが1980年代の後半に発行された『男の定番辞典』。アイビーやトラッドの基本的なアイテムが網羅されている。
作り手の自転車ライフを反映したアイテムたち
社長業と現場の職人を兼任し多忙な日々を送る栩原さんだが、毎週末100㎞ほどの距離をロードバイクで走るように努めている。また1〜2ヵ月に一度は仲間と輪行で遠征してロングライドも行う。そんな趣味の甲斐あって毎年参加している富士ヒルクライムでは何とか1時間30分切りを果たすことができたという。
ひとりのサイクリストとして見れば、栩原さんは私も含めた大勢の中年サイクリストと同じ世界の住人だろう。ステムデザインのサイクルウェアが他のブランドのものよりも親しみやすいと感じるとしたら、きっとそれが大きな理由だろう。同じ目線で自転車を愉しんでいる同志が作っているからだ。
栩原さんの愛車はコルナゴ CX-1。週末毎のトレーニングやツーリングに加え、年に数回はヒルクライムレースも嗜む。
「サイクリングでも着られるカジュアルウェア」から「街でも着られるサイクルウェア」へ変遷には当然苦労もあったという。
「ビブショーツはとくに顕著ですが、高機能なサイクルウェアのパターンって知恵の輪みたいに複雑で、ノウハウの集大成とも言うべきものなんです。
普段のパターン作成業務とはまったく異なる法則のもとに作られているので頭を切り替えるのにちょっと苦労しました」
2018年年からラインナップに加わった「ホップヘッズマニアジャージ」。クラフトビールのなかでもとくに人気の高いインディアンペールエール(IPA)の主原料であるホップをプリントしたユニークな商品だ。もちろんこれも自身の自転車ライフからインスピレーションを得たもの。ライド後のクラフトビールは最高!という栩原さんの声が聞こえてくるようだ。
カジュアルでもスポーツでも、ステムデザインの製品に貫かれるフィロソフィーは創業時から一貫して変わらない。
「長く着ても飽きないこととオリジナリティあるデザイン。あとはやはりパターンですね。サイクルウェアのようなスポーツウェアはどうしても吸汗速乾やストレッチなどの『素材』に目がいきがちなのですが、ステムデザインのウェアはハイテク素材に頼るだけではなく、パターンを人間工学に基づいて工夫することで更に機能を追求することがアイデンティティなんです」
ステムデザインのサイクルジャージにはすべてcoolmax「ACTIVE」という素材が用いられている。汗を素早く吸収発散してドライな肌触りを保つ優れた素材だが、高価であるため他社の製品ではほとんど使われることがないという。
今後はロードバイクを乗り込んだことで培ったノウハウをフィードバックし、以前よりもさらに進んだアプローチでカジュアルなサイクルウェアを提案してみたいと考えているという。
今日も、そして明日も、栩原さんは昨日より少しでも速く走れるよう愛車のペダルを漕ぐことだろう。そしてステムデザインのウェアも一歩ずつ進化していく。サイクルウェアとて、いまでは同工異曲な商品が市場に氾濫しているが、私はどうせ着るなら作り手の「顔」が見えるものを選びたい。